『ブラックボックス』
作 市田ゆたか様
【Ver 3.0】
「F3579804-MD、起動しました。バッテリーがありません。外部電源で動作中です。……あれ?あたしは一体…、確か逃げ出して、公園で…」
そうつぶやくと、頭の中でメモリーが再生された。
「ああっ、やっぱり捕まってしまったのね。だめよ、F3579804-MD。あきらめちゃ…うそっ、いたっ、あたし…自然に、自分のことをF3579804-MDって考えてる…?」
そう言ってF3579804-MDは周囲を見回した。
以前とらえられていた機械に囲まれた部屋とは変わって、彼女が立っていた場所はテレビ局のスタジオのようであった。コンクリートの床の上には一対のテーブルと椅子がおいてあり、数台の無人カメラが焦点をあわせていた。
顔を下に向けて自分の状態を確認したところ、どうやら拘束はされていないようであった。F3579804-MDはゆっくりと歩き、プログラムによる動作制限もないことを確認した。
「逃げ…なくちゃ…」
出口のように見えるドアのほうに向かって歩き出して、手首を引っ張られるような感覚に足を止めた。
よく見ると手足の金属輪から細い上方へ伸びたケーブルが天井の中心部に接続されており、さながらそれはマリオネットを操る糸のようであった。
リングとケーブルの接点をよく見ると、それはコネクタが差し込まれているだけで、ロックされている様子はなかった。
F3579804-MDは右手で左手首に接続されているケーブルをつかむと、コネクタをひねり、ゆっくりと引き抜いた。
「大丈夫かしら…ピッ…外部電源が一系統切断されました。予備系統に切り替えます」
F3579804-MDはケーブルを持った手を止めて、つぶやいた。
「そう、バッテリーがないってのはそういうことだったのね。」
F3579804-MDはコネクタを再び接続した。
「ピッ、外部電源が復旧しました。…これじゃあ逃げられないわ」
「小百合君、気がついたかね」
部屋のどこかから校長の声がしたが、メイドロボは反応しなかった。
「F3579804-MD、気がついたかね」
再び声がした。
「えっ、あたし?」
「ふむ、新しい名前は完全に定着したようだな。その名前は気に入ったかね」
「気に入るわけないわ。でも…、でも…」
F3579804-MDはうつむいて肩を震わせた。
「…ピッ、涙腺インターフェイスが見つかりません。…泣くことすら、できないのね」
「どうやらロボットであるという認識ができてきたようだな。いいことだ」
「あたしが、メイドロボだということは認めるわ。どうせメイドプログラムには逆らえないんだから。でもそれなら、あたしの意思なんか残さずに全部プログラムに任せて楽にしてちょうだい」
「そういうわけにはいかないんだよ。人間の意識を使ったほうが自然な動作をできるんでね。与太はこれぐらいにして本題に入るとしよう。これから、お前のメイン機能であるティーサービス機能についてテストを行う。F3579804-MD、テストモードへ移行しろ」
「今は逆らっても無駄だから言うことを聞くけど。でも、絶対にあきらめないわ。あたしの意識を残しておいたことを後悔させて…ピッ、テストモードに入りました」
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